第三回JIDAフォーラム「精密機器領域」ほんのちょっとした違いに、深淵を見る | Industrial Design

第三回JIDAフォーラム「インダストリアルデザインのプロフェッショナリズム」

「精密機器領域」〜ほんのちょっとした違いに、深淵を見る

レポート:TD編集部 出雲井 亨

タグ:JIDAフォーラム,インダストリアルデザインのプロフェッショナリズム    カテゴリー:EVENT

JIDAビジョン委員会が主催するフォーラム、「インダストリアルデザインのプロフェッショナリズム」シリーズの第3回が、2019年3月7日(木)に開催された。今回のテーマは「精密機器」だ。

「インダストリアルデザインのプロフェッショナリズム」シリーズ、3回目開催

日本インダストリアルデザイン協会(JIDA)ビジョン委員会が主催するフォーラム、「インダストリアルデザインのプロフェッショナリズム」シリーズの第3回が、2019年3月7日(木)、東京ミッドタウンのデザインハブで開催された。
自動車をテーマにした第1回、家電デザイナーが集まった第2回に続き、今回のテーマは「精密機器」。
前回までは60代・40代・20代の3世代から登壇者が決められたが、今回はキヤノン総合デザインセンター所長の石川慶文氏(50代)、セイコーインスツルのウオッチデザイングループに所属する石原悠氏(40代)、そしてオリンパスデザインセンターの鈴木辰彦氏(30代)の3名。自分が手がけた仕事を例に挙げながらデザインプロセスや考え方について語った。

ファシリテーターを務める芝浦工業大学助教の蘆澤 雄亮氏は「ほんのちょっとした違いに、深淵を見る」という副題を提示した。
3名のデザイナーが手がけるのは、カメラやレンズ、医療機器、高級腕時計といった精密機器。その多くはプロフェッショナルのための道具でもあり、華やかな装飾ではなく、プロの現場で厳しい要求に応える使い勝手や信頼性が求められる。そして一般の人は気付かないほどの非常に細かいディテールがデザインの良し悪しに直結する。そんな世界でデザイナーたちはどんなこだわりを持って仕事をしているのだろうか。

 

「ほんのちょっとした違いにこだわる」のがデザイナー

JIDAビジョン委員会の担当理事で、今回のテーマを設定した山田晃三氏は冒頭「デザイン」という言葉と、それを専門とする「デザイナー」という肩書きの間に大きな開きがあるのでは、と問いかけた。
「デザインをやっています」という人はたくさんいる。リサーチャー、プランナー、コンセプター、ファシリテーターなど……。確かに彼らの仕事は「デザイン」だと言える。
しかしデザインを専門とする「デザイナー」の仕事とは何かを考えていくと、「今日のテーマである『ほんのちょっとの違いにこだわる』のがデザイナーなのではないか」と山田氏はいう。

マクロの目でプランニングしていく(大文字の)DESIGNに対して、ミクロを徹底的に詰めていく職人的な(小文字の)design。だがミクロを徹底的に突き詰めると、突然マクロになる瞬間があるのではないかという。ミクロのデザインが経営トップの気持ちを揺さぶる、そんな体験を山田氏は何度もしてきた。

そこで今回のテーマである「ほんのちょっとした違いに、深淵を見る」に戻る。精密機器におけるミクロのデザインを突き詰めてきた3人。
そのデザインはどのようにユーザーであるプロフェッショナルや消費者の心を揺さぶっているのだろうか。

 

デザイナーは医療機器のユーザーにはなれない

トップバッターは、オリンパスでカメラ、レンズ、ICレコーダー、そして腹腔鏡などの医療機器を手がけてきた入社7年目、30代の鈴木辰彦氏。

鈴木氏が最初に取り上げたプロダクトは、腹腔鏡だ。医療機器のユーザーはドクターである。だから、どうがんばってもデザイナー自身がユーザーになることはできない。そこを、いかにしてドクターの感覚に近づくか、それがポイントだと鈴木氏は語る。

ドクターの感覚を少しでも理解するには、やはり体験するしかない。そこで自身も腹腔鏡手術の手技について勉強し、再現してみるという。患者さんの体を段ボールで再現し、実際に操作してみる。すると、どのようなときに腕が当たるのかといったことが分かってくる。
こうして実際に自分で手技を再現することで、どうすれば良くなるかという仮説ができる。その仮説を社内で評価し、さらにドクターに評価してもらい、新しい仮説に反映するというサイクルを回して完成度を上げていく。
ドクターもプロフェッショナルなので、ほんの少しの違いに気付く。例えば操作性を大きく向上させたが少しだけ重くなった試作を持って行ったとき。社内では高評価だったが、ドクターは「この重さでは7〜8時間に及ぶ手技では使えない」と評価した。このプロフェッショナルの「ほんの少し」に自分の感覚を合わせていくことが求められる。

実際のデザイン例として、鈴木氏は腹腔鏡を操作するジョイスティック部分を紹介した。ジョイスティックをつける角度はどのくらいか、形は「ドーム型」なのか「くら型」なのか、ゴム手袋をした状態で滑りにくい滑り止めの形状はどんな形か。さらに医療機器なので洗浄しやすい形状でなくてはならない。
ドクターは、毎日長時間使うからこそ、わずかな違いも感じ取り、ごく小さなパーツにも機能や意味を求める。制約も多い医療機器という分野でドクターの高い期待に応えるには、ほんの少しの工夫をコツコツと積み重ねるしかない。
制約の中でのこだわり

鈴木氏がもうひとつ例に挙げたのが、カメラレンズのデザインだ。オリンパスが2016年から2018年にかけて発売したF1.2大口径単焦点シリーズ。オリンパスの最高峰のレンズで、17mm、25mm、45mmという3種類の焦点距離をラインアップしている。

レンズは光学設計によってほぼレイアウトが決まるので、デザインの余地は大きくはない。だがその中でも段差の幅、ローレット(ギザギザをつける加工)の段の数や角度といった細かい点を入念に検討することで、最高峰レンズにふさわしい質感や機能性を実現している。3本のレンズの操作感をそろえるため、ローレットの角度までレンズによって変えられている。

ほんの少しの違いに込めたデザインの意志が、意図通りに機能しているかどうか。それを知るために、鈴木氏は実際にプロカメラマンの撮影現場にも出向き、使われ方を観察しているという。
2つの事例を見て感じたのは、鈴木氏のユーザーであるプロフェッショナルの方々との向き合い方だ。医師やカメラマンなど、ミスが許されない真剣勝負の現場で使われるプロダクトだけに、デザイナーへの要求も厳しい。その高い期待に応えるべく、相手の仕事に深い敬意を払い、真摯に向き合いながらデザインしている姿勢が鈴木氏の言葉の端々から感じられた。

 

100年間変わっていない時計のデザイン

次に登壇したのはセイコーインスツル(SII)の石原悠氏。同社はさまざまな電子機器・精密機器を手がけており、グループ会社のセイコーウオッチが販売する腕時計の開発・製造もそのひとつだ。

石原氏が初期に携わった製品は、覚えている人も多いだろう、2003年に発売された腕時計型のPHS、WRISTOMOだ。Apple Watchが登場するより12年も前のことで「少し早すぎた」と石原氏。その後、電子辞書や携帯端末、決済端末、シェーバー、さらに世界陸上などで使われる競技用の計測機器など、多彩な製品の開発に携わってきた。

そして5年前から腕時計のデザインへ。アナログ時計、デジタル時計、Grand Seikoなどの高級機械式時計、さらに機械式時計のムーブメントのデザインにも関わっている。今回は、その腕時計のデザインがテーマだ。
セイコーが腕時計を作り始めて100年以上が経っている。その間、性能が向上したり、素材が変わったりはしているが、基本的な構成はほとんど変わっていない。100年もの間、同じように作り続けているのが腕時計なのだ。
腕時計のデザインは差のかたまり

そんな腕時計のデザインを、石原氏は「差のかたまり」と表現した。
まずは「視差」。腕時計は身につけるものなので、薄さや重さといったサイズ感が物理的ストレスに直結する。だからサイズ感の表現は、デザインする際にキモとなる部分で、寸法以上に薄く軽く小さく見せるようなテクニックも必要だ。

次に「公差」。ここからが時計業界ならではの話になる。
公差とは、製造、組み立て時に発生してしまうズレのことだ。
デザイナーの頭の中に完璧な完成図があったとしても、それをそのまま造れるとは限らない。どのような作業を経て時計ができあがるのかを把握し、それを見越してデザインする必要がある。

腕時計のデザインは、わずか直径4cmの中をデザインする作業。寸法の単位は1/100mmとなる。当然、製造による限界も出てくる。そこで重要になるのが過去の図面だ。図面には100年時計を製造して培ってきたノウハウが詰め込まれている。例えば針とガラスの隙間はどのくらい詰められるか、針の先は何ミリまで細くできるか、どのような印刷版にしたら細かな文字が潰れずに印刷できるのか、といった先人たちの経験値を、過去の図面から読み取ることができるのだ。
デザイナーは過去の図面を閲覧できる。新しい時計をデザインするときは、まず図面をひたすら見て、その中からアイデアを膨らませ、1/100mmを攻めていく。歴史を踏まえ、針の1本、ネジ1本の形までデザインしていくのだ。
歴史の積み重ねをどう活かし、アップデートしていくか。それが腕時計の面白いところだという。

時計は金属製品なので、射出成形で作るような樹脂製品とは作るプロセスが違う。数万円の時計であっても、まず金属の板を打ち抜いて鍛造で大まかな形を作る。それから旋盤切削、NC切削でより細かく形を作り込み、最後には必ず人手で研磨をする。
この研磨という工程があるため、簡単に0.3mmくらい形状が変わってきてしまう。だからデザインするときは、製造工程や研磨手法が頭に入っていないと思い通りの形にならない。

組み立て工程でも公差が発生する。例えば針の先端と盤面の目盛りの位置を合わせる場合。針の製造公差、組み付け公差、目盛りの印刷位置や幅の公差、ムーブメントの組み込み公差など、多くの公差が発生する。価格帯によっては1台ずつ合わせこむことができないので、公差を許容したデザインを考える必要がある。

石原氏が挙げたもうひとつの差、それは「個人差」だ。時計には性別、ファッション、年齢、ブランドの哲学、使うシーン、さらに国や地域、肌の色、好みの差もある。そして価格差。SIIで作っている製品でいうと、5076円から5400万円まで。時刻を表示するという同じ機能の中でこれだけの差が存在するというのが、他の業界にはない醍醐味だと石原氏は語った。

わずか直径4cmという小さな腕時計だからこそ、ほんの少しの差が商品性にダイレクトに影響する。アップで見られることも多いから、わずかな妥協も許されない。そんな中で、他に類を見ないほどの多様性を表現しなくてはならない。そんな腕時計デザインの難しさと魅力がビシビシ伝わってくるプレゼンテーションだった。

 

エルゴノミクスを表現したドーム状デザイン

最後に登壇したのは石川慶文氏。1984年に入社し、キヤノンでカメラの領域を手がけてきた。
最初に紹介したのはEOS-1V。2000年、シドニーオリンピックの年に発売され、なんと2018年の秋まで現役で販売されていた、キヤノンとしては最後のフィルム式一眼レフカメラだ。

EOS-1シリーズといえば、泣く子も黙るプロ向けカメラの最高峰。過酷な報道写真の現場でも耐えられる頑丈さ、トップアスリートの一瞬の動きを逃さない機能性など高いスペックが求められる。このためシャッターにはカーボンファイバーを採用。さらにボディには、はじめてマグネシウムをモールディング(射出成形)して製造した。
ただしプロ向けの機種はデザインへの制約も大きい。操作方法やグリップの握り心地などの使い勝手は、過去の機種からの継承性が求められる。さらにマウント(レンズを装着する部分)も仕様が決まっているため形状は変えられない。

そんな多くの制約の中、デザイナーがほぼ唯一自由にデザインできるのがペンタヘッド部分。一眼レフの中央上部にある突起部分だ。
ここの形状を、石川氏は装飾的なキャラクターラインをまったく使わない、ドーム状の有機的な形状を提案した。光学的に理詰めで作ったレンズと、エルゴノミクスを重視した人間の身体の延長線上にあるようなボディがマウントでぶつかり合う、コントラストの強いデザインを狙ったという。

従来とは大きく異なるデザインのため、社内では反対の声もあった。だがここで追い風が吹く。マグネシウム製のボディは研磨工程が入るため、どうしても微細なラインが表現できないことが判明したのだ。結果的に製造面でもメリットがある有機的なペンタヘッドが採用され、現在まで続くEOS-1シリーズのアイコンとなった。

 

シャッターへのこだわり

カメラは世界中のあらゆる人種の人々が使う製品。ユーザーの指の太さも違うため、レリーズ周りの造形にはかなり苦労したそうだ。レリーズ(いわゆるシャッターボタンのこと)の周りのくぼみは、わずかに深さを変えたモックアップを多数作り、さまざまな人に試してもらって決めたという。このくぼみをキヤノンではスプーンカットと呼ぶ。

印象的だったのが、徹底的に「レリーズファースト」を追求しているという話。
プロカメラマン向けの機材は、いつ、いかなる瞬間でもシャッターが切れなければならない。突然シャッターチャンスが訪れ、パッと机の上のカメラを掴んだときにもストラップがレリーズを隠してしまわないよう、ストラップホルダーには微妙な角度がつけられている。また、エルゴノミクスに加えて、サービスマンが整備しやすいカバー構成にするなど、プロ用機材としてメンテナンスにまで配慮されたデザインとなっている。

長い間プロに鍛え抜かれてできあがった造形には、細部まできちんとした理由があるのだ。
フォーラムの終了後、EOS-1Vの実機を触らせていただく機会があったのだが、シャッター周りの造形は、筆者が使用しているEOS 7Dとうり二つ。フィルムカメラとデジタルカメラという違いはあるものの、レリーズの押し心地やグリップの握り心地、ダイヤルを回したの感触まで見事に共通していて、さすが徹底しているな、と感心した。


当日会場ではEOS-1Vの実機も見ることができた

 

技術の可視化もデザイナーの役割

キヤノンでは「ほんのちょっとの違い」の可視化にも力を入れている。
石川氏が紹介したのは大型印刷機やインクジェットプリンターの技術説明映像。製品の内部機構の動きがCGアニメーションで再現されており、用紙を送るローラーの動きや、数ピコリットル(1兆分の1リットル)というごく少量のインクを吹き付ける様子など、通常は見られない部分のしくみを映像で直感的に理解できる。

これは設計者が作ったCADデータをベースに、技術をデザイナーが解釈して作成した映像。社内の技術を説明するのが難しくなってきているため、それを可視化するのはデザイナーの大切な仕事だ、と石川氏。製品の見た目や使い勝手だけでなく、技術や魅力を分かりやすく伝えていくのも、デザイナーの役割なのだ。

 

社員用診療所の活用

最後は、今キヤノンが最も力を入れているという医療機器領域の話。オリンパス鈴木氏の話にも出てきたが、デザイナーにとってプロカメラマンよりもさらに遠い存在なのが、ドクターや検査技師だ。

キヤノンでは、2017年に社員用診療所がデザインセンターのある建物内に移設・リニューアルされた。ここは社員用の診療所としても機能するが、導入された最新型のCTやMRIといった大型設備をデザイナーが実際に見学できる施設としても使用している。
例えばCTのコントロールルームでは、実際にパソコンの画面を見ながらCTを操作する様子の見学や、検査のワークフローを体験できる。また狭い場所に置かれた機器でメンテナンスの難易度を確認することもある。この診療所によって、医療に関する知識や経験はかなり高まったという。

患者への配慮、ドクター・技師への配慮が凝縮された実例として、石川氏は眼科で使われる眼底カメラを紹介した。実際に機器が使われている様子をデザイナーが観察して課題を発見し解決した事例だ。
例えば、技師の姿勢だ。カメラをはさんで反対側に座った患者に手を伸ばし、まぶたを手で押さえることがあり、無理な姿勢を強いられる機会が多いことが分かった。さらに患者さんも機器にアゴをのせ前傾姿勢になるため、高齢の患者さんは診察が長引くと腰の痛みを訴えることがあった。
こういった問題を踏まえてデザインされたのがCR-2だ。アゴを載せる部分は従来より低くし、さらに自然に手を伸ばした位置にグリップを設けることで患者さんは上半身の体重を支えやすくなった。検査する左右の眼に合わせて本体をスライドさせる際、中間で本体と台座の側面が一致するようにデザインしてあるため、スライド量の目安が分かりやすくスムーズにスライドすることができる。

このように医療機器では実際に現場を見てデザインのヒントや課題を見つけることが非常に重要、と石川氏は力説した。

 

インダストリアルデザイナーの「核」とは

実は石川氏には、今回の登壇に当たって運営側から「インダストリアルデザイナーという職人たる核とは?」という“宿題”が出されていた。その答えとして、以下のような考察を披露した。
現在はデザインという名の下に、マーケットリサーチやパッケージ、プロモーションからデザインシンキングの講師まで、ありとあらゆる事柄がぶら下がっている。その中で、工業デザイナーの核とは何だろうか。石川氏は3つのポイントを挙げた。

1つ目は、オブザベーションから造形を導くこと。自分がユーザーになれないケースは今後増えてくる。自ら対象を詳細に観察して課題を発見し、それを解決する造形を生み出すのがデザイナーの役割だ。

2つ目は、「身体」と「道具」を造形で融合させること。つまりエルゴノミクスだ。人間の体が使うために適した形は何か。それを考えるのはデザイナーしかいない。

そして3つ目は「造形」と「産業」を結びつけること。形を考えるだけではなく、どうやって実現するかまで考えるのがデザイナーの守備範囲だ。図面や3D CADを駆使して自分の造形を生産者に伝える。それができないとプロのデザイナーとはいえない。さらに製法を理解して最適な作り方を考えるのもデザイナーの重要な仕事となる。

3名のプレゼンテーションのあとは、ファシリテーターの蘆澤氏、そして会場からの質疑応答が活発に交わされた。

 

ミクロの積み重ねがマクロになる

精密機械のデザイナー3名による今回のプレゼンテーションを見て強く印象に残ったのは、想像以上に細部までこだわってデザインしている、ということ。これまで何気なく使ってきたカメラやレンズ、小さな腕時計を作り上げるに、どれだけ膨大な工夫や試行錯誤が隠されていたのか、その一端を見ることができた。デザイナーではない自分にとっては大きな驚きだった。

冒頭の山田氏のコメントにもあったとおり、まさに「ミクロの積み重ねがマクロになる」という世界がそこにはあった。細部まで妥協せずにデザインするからこそ、筋の通った製品が生まれ、大きな目的に向かって進めるのかもしれないと感じた。

(TD編集部 出雲井 亨 記)


フォーラム後記:JIDAビジョン委員長 山田晃三
「一輪の花に宇宙を見る」

おそらく、戦後60年以上続く日本インダストリアルデザイナー協会(JIDA)だからこそ可能な、テーマと講演者の人選であろうと思う。キャノン、セイコー、オリンパス-----いずれも世界が認めるジャパンブランドであり、JIDAの法人会員である。世界をリードする品質を生みだしている背後にあるものは何か。このミクロともいえるモノづくりの世界を、具体的なプロジェクトの事例を基に、リアルに語っていただいた。

「カメラと医療機器」、いずれもトップクラスの製品は、プロカメラマンか医師がユーザーである。デザイナーが、ユーザーになれない道具である。コンマゼロ何ミリの世界、人と道具のありようを突き詰めていく。どちらも人間工学では十分でない、使う人の独自の感覚反応を視野に入れている。その詳細が紹介された。絶対に間違えるわけにはいかない、生死をかけたその瞬間に道具が活きる。

いっぽう「機械式腕時計」。精密機器の極地を披露していただいた。カメラや医療機器とは対局にある嗜好品である。時間が知りたかったらケータイがある。腕時計は正確な時間が知りたくて腕にあるわけではない。「無駄なもの」だからこそひとの人生を救う。そのためには職人の、工芸家の粋でしか品質の保証はできない。ここに道具の性質は違うものの、カメラや医療機器と共通するプロフェッショナリズムが潜んでいた。

デザインという概念、あるいはデザインという職業は近年、対象を俯瞰してその関係性を秩序化し構築することに視点がいっている。あらゆる産業において、社会全般を視野に、かかえる問題を解決する手法としてデザインが説かれる。モノからコト、サービスやソリューションこそが現代の主要課題かのごとく語られる。間違いではないが、これまで以上にモノ(道具)が現代社会を支えていることも事実だ。その背後に命をかけるデザイナーがいることにもっと焦点をあてたい。これが今回できた。

気づいたことは、ミクロを追求する思考が、マクロな視点から全体を認識することと同次元の思考であるということだ。ときにミクロとマクロは逆転すらする。一流の職人(デザイナー)のひと言が、経営トップの決断を左右する。微細な世界での重要な発見が職人の絶対的な言葉となり、ものごとの本質をついた哲学になるからであろう。そう、「一輪の花に宇宙を見る」ことができるのが、デザインの特質ではないだろうか。

デザインのプロフェッショナリズム、デザインの軸足をしっかり見定めたい。

●日程:2019年 3月7日(木)

●会場:東京ミッドタウン・デザインハブ(六本木)

    港区赤坂9-7-1 ミッドタウン・タワー5Fリエゾンセンター

    http://www.designhub.jp/access/

●主催:(公社)日本インダストリアルデザイナー協会 ビジョン委員会

●協力:(公財)日本デザイン振興会

●プログラム

トークセッション「デザイン思考とデザイナーの思考」 

60代●石川慶文(いしかわよしふみ)   キヤノン株式会社
40代●石川 悠(いしはらゆう)     セイコーインスツル株式会社
20代●鈴木辰彦(すずきたつひこ)        オリンパス株式会社
進行●蘆澤雄亮(あしざわゆうすけ)    芝浦工業大学


■講師プロフィール

●石川慶文 (いしかわよしふみ)     
キヤノン株式会社 総合デザインセンター所長
1961年生まれ。
玉川大学卒業後、キヤノン株式会社入社。カメラ、ビデオ のデザインを数多く手掛け、98年カリフォルニア州キヤノンUSAに赴任。 新規事業の立ち上げを担当。帰国後、UX開発の基盤を構築する。12年、 総合デザインセンターの所長に就任、キヤノングループのデザインを総括。 新規事業テーマの早期提案や将来ビジョン策定に従事している。


 

●石原 悠 (いしはらゆう)     
セイコーインスツル株式会社 総合デザイン部 ウォッチデザイングループ主任
1979年生まれ。
千葉大学大学院修了。03年セイコーインスツルメンツ株式 会社(現セイコーインスツル)入社、ウェアラブル機器、携帯電話、決済端 末、電子辞書、陸上競技用計測表示機器など、様々なプロダクトのデザイン を担当。14年よりウオッチデザイングループに異動。デジタルウオッチやダ イバーズウオッチ、高級機械式時計まで幅広く手掛ける。

 

●鈴木辰彦 (すずきたつひこ)     
オリンパス株式会社 デザインセンター 商品デザインG
1988年生まれ。
武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒。12年よりオリン パスイメージング株式会社(現在オリンパス株式会社に統合)デザインセン ター勤務。カメラ、ICレコーダー等のコンスーマー製品から医療機器等のプ ロダクトデザインに従事。防水、耐衝撃性能備えたカメラ「Toughシリー ズ」、トラッキングログ機能を備えたTG-Trackerなどを手掛ける。


 

 

●蘆澤 雄亮 (あしざわゆうすけ)     
芝浦工業大学。
元日本デザイン振興会。
1979年生まれ。
千葉大学工学部デザイン工学科、修士・博士課程を経て、博士号を取得。
2013年より公益財団法人日本デザイン振興会にてGマーク事業推進ほかインターナショナル・リエゾンセンター担当として産学連携を コーディネイト。
2017年より芝浦工業大学助教。 「職人の勘といった暗黙知を型式知化する」ことをテーマにプロダクトデザインを指導。

 


記事執筆:TD編集部 出雲井 亨     
ライター・編集者。1976年生まれ。
日経BP社で記者としてビジネス誌やコンピューター誌編集部に所属し、2002年に独立。2007年東京半島株式会社設立。メディアの立ち上げやコンテンツの企画・制作を手がける。2017年よりデザインとモビリティのWebマガジン「TD」インタビューやレポート記事を執筆。

 

この記事はWebマガジン「TD」の記事より転載いたしました。
元記事:ミクロを積み重ねるとマクロになる 精密機器分野のプロフェッショナリズム

TD:https://www.td-media.net/

 

フォーラム後記:山田 晃三 (やまだ こうぞう)     
JIDA理事。ビジョン委員長。GKデザイン機構取締役相談役。

時々のデザインの「先端」から、普遍的なデザインの「基層」を導きたいと思考する。ひとの内なる生命力にデザインの原点を見る。

 

更新日:2019.04.22 (月)