第三回JIDAフォーラム「デザイン思考」のオモイ | Industrial Design

第三回JIDAフォーラム 「デザイン思考」のオモイ

レポート:井原恵子

タグ:JIDAフォーラム,デザイン思考    カテゴリー:EVENT

第3回を迎えた「デザイン思考」をめぐるフォーラムが、2014年12月19日に開催された。第1回で「デザイン思考」の基本をおさえ、第2回でのより実践的な事例紹介を経て、今回の第3回は現場のより深い実感、悩み、思いを掘り起こし、実務における「デザイン思考」のあり方を問い直すセッションとなった。

主催するビジョン委員会の山田晃三氏は冒頭の挨拶で、満場を埋めた聞き手(今回も7割がJIDA会員外)に、「デザイン思考と言うと一般の人が集まる。『デザイン思考』は今、デザインを後押ししてくれている言葉」。戦後62年の歴史をもつJIDAには、高度成長以来、日本の産業の一翼を担ってきた自負がある。しかし「デザイン思考」はこれまでとは違う角度からデザインの再考を促すものかもしれない。「デザインが担うものがいま、広がっている。これまで長らくデザイナーがしてきたことと、いま脚光を浴びている『デザイン思考』との、違いと通底するものを考えたい」と述べた。

今回のスピーカーは、メーカーのインハウスデザイン部門から富士通デザインの上田義弘氏。そしてフリーランスの立場から、いずれもデザイン思考的な仕事の中で新しいフロンティアに挑戦する、インフィールドデザインの佐々木千穂氏とtakram design engineeringの渡邊康太郎氏が登壇した。

仕事の変化と、企業ポリシーの中にあったユーザー視点

上田氏が率いる富士通デザインはインハウスデザイン部門ながら、独立会社として社内外のクライアントからの委託業務を含むプロジェクトにとりくむ。

従来の富士通デザインで主な仕事だった、大型コンピュータやパソコンなど、システム系プロダクトのデザインは、今や仕事の3割程度にすぎない。現在富士通デザインにいる約200名のデザイナーが取り組む仕事の7割は「サービス&ソリューションデザイン」と呼ばれる分野。サービスデザインから画面のデザインまでを一貫して手がける。年間200件ほどのこうしたプロジェクトのうち1割弱で「デザイン思考」を取り入れていると言う。

富士通はもともと企業ポリシーとして「ヒューマンセンタードデザイン」を掲げてきた。BtoCでもBtoBtoCでも、エンドユーザーの視点を重視し、「デザイン思考」という言葉が出てくる前からフィールドリサーチやワークショップを行ってきた。その風土もあって、現在「デザイン思考」を取り入れるケースは大幅に増えていると言う。

「デザイン思考」の典型的プロセス

富士通デザインで行う「デザイン思考」プロセスの典型的な例として紹介されたのが「ワーク・ルネッサンス」と題した社内プロジェクト。2020年をターゲットに次世代の働き方を考え、それを支えるICTのあり方を発想した。そのためにワークスタイル変化のリサーチ、「9つの兆し」の抽出、働き方のキーワードとそれにまつわるバリューの抽出といったステップを経て、社内のさまざまな部門から集まった30人ほどでのワークショップを実施。ポンチ絵を使った共有、ワークシートでの作業などを経て、テーマの全体像を整理し、マップ化した。そして全体を4つのステージに分け、技術畑のメンバーとともにアイデアを具現化するテクノロジーを検討し、テクノロジーシナリオとしてまとめた。

シナリオは4つのステージにおける主人公の行動を中心に、ICTが「一人」をエンパワーし、「チーム」を強化し、「会社」のビジネスを支え、「社会」とつながる、という4つのストーリーがつくられた。

現在、このシナリオを顧客企業に見せ、共にワークスタイルの未来を考えている。ムービーによってクライアントも話に入りやすくなり、積極的な相談を受けることも増えたと言う。このシナリオを原型にして、UX(ユーザー経験)のデザインコンサルサービスを推進したい考えだ。すでに顧客との関係づくりには有効活用できているが、今のところビジネスとしての具現化はまだもう一歩だと言う。

ジャーニーマップによって、クライアントとユーザーの関係をデザインする

2つ目の事例は保険会社のためのプロジェクト。今までシステム開発や画面デザインを行ってきたが、「もう少し面白い提案はない?」と言われて着手した。保険アドバイザー、昔で言う保険のおばさんへのリサーチと、経営層へのヒアリングを行い、「保険アドバイザーのありたい姿」を考えるワークショップを開催した。

大きなポイントとなったのが、保険アドバイザーと保険を購入するお客様との会話をまとめたジャーニーマップ。普通のアドバイザーと優秀なアドバイザーを比較したり、同じやりとりをアドバイザー側とエンドユーザー側からマップ化して照らし合わせた。ジャーニーマップという形で現状を理解し、あるべき姿を考えた上で、それぞれのステップで望まれるツールやコミュニケーションをプロトタイプ化した。その結果はSEとともにシステム化し、成果品の形に着地させることができた。

今まではシステムの画面だけをデザインしていたが、この手順を踏むことで新しい保険セールスの形、コンテンツそのものをデザインしプロトタイプ化することができた。これはデザイン思考によって得られた新しい成果だ、と上田氏は説明する。

富士通デザインでは現在、この結果を他の保険会社のサービスデザインへと横展開するとともに、同様にエンドユーザーとの関係づくりが重要な、金融や自治体などの他業種への展開を考えている。

テクノロジーの用途開発にも活用

次の事例は、先にテクノロジーがあって、その使い方を開発する上で「デザイン思考」を活用したものだ。出発点は「センサー」、温度、湿度、人の位置、心拍数などを計れるセンサーがあって、それをどう使う?というテーマだ。

技術者とデザイナーが参加してのワークショップでアイデアを出し、プロトタイプを工場や倉庫内の作業者に装着してもらったり、モノにとりつけてそのモノの状況を把握する、という実験を行った。人やモノの状況を把握し、トラブルがあれば迅速に対処する、そのためのアラーム、画面デザイン、システム全体の構成を描いて提案し、実際にモックアップを作って検証した。

さらにもうひとつ、技術から出発した事例として紹介されたのは、RFIDタグを使ったサービス開発のために、アパレルブランドのビームスの協力を得て、プロトタイプから店頭での実証実験まで進めたプロジェクトだ。

今後、衣類にとりつけたRFIDタグで何ができるようになるのか? それを富士通とビームスで共に考えよう、というのが出発点だった。実証実験の結果をもとにワークショップでアイデアを考え、結果をプロトタイプ化してさらに実証実験を行った。ワークショップではデザイナー、SE、クライアントが共に考え、アイデアを出し、実験した。

こうして実験のステップまでクライアントと共に踏み込めたのは大きな一歩だった、と上田氏。「今までとは違うステージに踏み込んだ」実感があった、と強調した。

時間はかかるが、クライアントの納得する成果に結びつく

こうした事例をはじめ、デザイン思考を実務で活用して上田氏が感じるのが、まず「ビジョンを描く上で効果的」ということ。そして共同でプロセスを踏んで進めることから「クライアントの腹落ちがいい」。また「プロトタイプを作って素早くサイクルを回すのに向いている」、具体化へ向けてのスピードアップにつながると言う。

デザイン思考でクライアントと共にビジョンを描いていける意義は大きい。しかしビジョンを描くだけではだめで、事業の施策に落としていく必要がある。これが容易ではない、と上田氏。それには自分たちが努力するだけでなく、相手の参加が不可欠だ。

提供したい経験価値の感動や驚きに、相手が共感してくれること。そのためにも共創は社内だけでは意味がなく、いろいろなステイクホルダー、特にクライアントと共にやることに意味がある。それで初めて、さまざまな立場や専門の集合知を得、そして相手にとっての「納得解」を得ることができる。

ここがおさえてあれば、極端に言えばアウトプットの中身がずば抜けていなくてもその後の仕事がうまくいく、と上田氏は実感を込めて述べた。

一方、これまで多数のプロジェクトでの経験から、問題点も浮上している。ひとつが時間だ。フィールドワークからクライアントとプロセスを共有し、プロトタイプに至るまで、だいたい半年以上の時間と工数がかかり、その工数を回収できているかと言うと難しい。しかし社内的にはこの取り組みがクライアントとの関係づくりに有効であると認められ、営業部隊からも「やってほしい」と求められ、周囲に支えられているのが実状だと言う。

また、これを本当に業務の中に定着させるには、デザイン思考のサイクルと、富士通のビジネスとしてのサイクルをつなぐことも課題だ。デザイン思考でフィールドワークからアイデア、ビジョンを描き、プロトタイプやビジネスモデルをつくる、これを次に「要件定義~開発~テスト」というシステム開発のループに、どうつなげていくか。

そのときにも、クライアントと一緒に取り組んでいることが効く。共に考えてきた内容だから、要件定義の腹落ちもよい。これが「デザイン思考」の最大の特長であり強みだということが経験を重ねてわかってきた、と上田氏は結んだ。

「デザイナーの思考」は「デザイン思考」なのか?

二人目のスピーカーはインフィールドデザインの佐々木千穂氏。「経験のデザイン」を掲げてさまざまなプロジェクトに取り組んできた経験をふまえ、その軸としている「観察」という視点から、また仕事の中での迷いや悩みを交えて、実感とともに語った。

冒頭、佐々木氏は「デザイン思考」という言葉への疑問を提示した。デザイン思考をテーマとしたこの連続フォーラムの中でも、すでに何人かのスピーカーが触れてきたことだ。自分は実務の中でいわゆる「デザイン思考」と同様のプロセスをとってきたが、この言葉は使ってこなかったし、他にもこの言葉を使わずに実践してきた人は多いのではないか、と佐々木氏は指摘。「デザイン思考」という名がつく前から、同じことをごくふつうにやってきた、とは上田氏も触れていたことだ。

佐々木氏がインフィールドデザインで携わる仕事はクライアントの先行開発的なテーマが多いため、具体的に紹介しづらいものが多いと前置きしつつ、フィールドワークでの観察からクライアントとの共創を経てプロダクトまでつなげた例として、パナソニックのノートパソコンを紹介した。また企業だけでなく、東日本大震災で被災した漁村のコミュニティデザイン、水産資源としての魚のサステイナビリティを普及啓蒙する財団の活動支援なども挙げた。

こうした実務を通して感じてきた疑問や迷いの中から佐々木氏は、手法あるいは方法論としての「デザイン思考」を追求する中で本質が見失われているのではないか、本当にすぐれたデザインを生み出すために必要なものは何なのか、といった疑問を投げかけた。

入念な手順がアウトプットを保証するわけではない

インフィールドデザインでは取り組みの第一歩として「観察」を大事にしているが、その「観察」とは何なのか? その疑問を意識させたのは、子供が主役のワークショップだった。子供に「観察と写真撮影」をしてもらうと、撮ってくる写真は面白い。しかしそこから読みとる気づきの豊かさ、洞察の深さにはおのずと限界があった。それも道理で、子供には観察の土台となる人生経験が少ない。観察とはただ写真を撮ってくることではない。思考のための新鮮な素材を集めることであり、発想の元になる気づき、視点をたくさん見つけることだ。そこから始まるものが「デザイン思考」と言われるものの核心となる。

「観察さえすればイノベーションが生まれる」というのは誤解で、観察は素材にすぎないし、デザイン思考もツールにすぎない。実際それをどのように使うかが肝心だ、と佐々木氏は言う。

佐々木氏はいつもクライアントとの共同作業にあたり、観察は「全体の傾向」を知るものではなく、「共感する」ための行為であると強調する、と言う。たとえば天気図を見れば、台風の規模や進行方向、全体の概況がわかる。しかし暴風雨の中にいる人が何にどう苦労しているかは、現場に行かなくてはわからない。現場へ行けば具体的な状況を共感とともに理解できる。当事者にとって本当に価値ある発想、アイデアが生まれてくるのは、後者からだ。

また、そこで得た気づきを生かすには「問題からそれを解決するアイデアへ直行するのではなく、いったん抽象化(本質への洞察)を経てから具体的アイデアへと展開するべき」だと言う。目の前の問題を解決することに終わらず、より深い問題を解決したり、本質的な価値を提供することができるからだ。

こうしたガイドラインを使ってクライアントとプロジェクトに取り組む中で悩ましいのが「手順を踏んでワークショップを行えば、イノベーティブな優れたアイデアが出るとは限らない」ことだ。ワークショップがうまく行き、場が盛り上がり、高揚感と達成感をクライアントと共有できる。しかし出たアイデアを振り返ると練り込み不足を感じたり、アイデアを出し切れなかった感が残ることもある。

自分たちのプロセスは、いわゆる「デザイン思考」にかなり近いものだが、こうしたプロセスが必ずしも結果を保証しないことを実感している、と佐々木氏。また一方、このプロセスがなければすぐれたデザインに到達できないとも限らないのではないか、という疑問もある。

豊かな発想、すぐれたデザインはどこから生まれる?

その例として、佐々木氏はサンディエゴのビーチで見つけた、ある「デザイン」を紹介した。それは人通りの多いボードウォークの横にあった手作りの「野球盤」。コインを投げてごらんと誘う言葉があり、「ヒット」や「ホームラン」のカップに命中するとゆれる仕掛けで、通行人の興味をそそる。投げられたコインは仕掛けを作った(おそらく)ホームレスの人の収入となる。人の気持ちにすっと入ってくる、クスリと笑いたくなる魅力のある「デザイン」だったが、もちろん観察やワークショップを経て作られたものではない。

もうひとつ、こちらはプロフェッショナルの仕事だが、元IDEOのエミリー・ピロトン氏のStudio Hの活動。少人数のチームで学校の中に事務所を構え、チャータースクールの子供たちにデザインを教えながら、学校をよくするために共に考え、行動している取り組みだ。

ここでは子供たちに、自分たちの学校が抱える問題点と、解決のための方策を自分で考えさせる。佐々木氏が見学した際、子供たちは1年をかけて学校の図書室をデザインしていたという。どんな本棚が必要か、与件と仕様を考え、デザインし、それを作るためにどんな材料がどれだけ必要か考え、計画を練り、クラウドファンディングで資金を調達する。

子供同士がどういう学校をつくりたいか考えるためにお互いを観察し、かつスタッフが全体をガイドしながら同時に子供たちを観察して、どのように導いて達成感を味わわせるかを考えていた。デザイン思考の二重構造だ。子供同士の観察、子供の学習・思考・ものづくり、指導とスタッフによる観察が渾然一体となり、きちんと区切られたプロセスはない。

大事なのは「観察する手法」よりも「観察する感性」

もうひとつ佐々木氏が、デザインの思考プロセスについて考えるきっかけとなったのが、他社事例を取材する機会だったと言う。ある記事の企画で「観察からデザインにつなげる」事例を集めたときのことだ。

観察から発想するデザインを日本に初めて本格的に紹介した人とも言える、深澤直人氏のエピソードを紹介したいと考え、換気扇の姿をなぞった(と言われる)無印良品のCDプレーヤーについて尋ねると「そんなに単純なものではない」と一蹴されたと言う。

観察の写真とそこから発想したデザインをセットにした紹介を考えていたが、深澤氏は「実際の思考プロセスはもっと複雑で、シンプルに言語化したりテーマを当てはめたりできるものではない」。構造化した思考プロセスとして説明してほしくないし、そうしないことで、見た人それぞれの理解をふくらませてもらう余地がある、と言われた。

実際、他のデザイナーに聞いても「観察しながらモノを作っているわけではない」との意見は多かった。これはどういうことだろう? それでは観察と共感から出発し、ワークショップやプロトタイプによって創造のプロセスを共有するプロセスとは、「デザイン思考」とは何だったのか?

それに対するひとつの答を示してくれたのが、かつて米IDEOで佐々木氏と仕事をともにしたヒューマンファクターのパイオニア、ジェイン・フルトン・スリ氏の意見だったと言う。

スリ氏はそれを「手法と感受性の問題」と言った。ワークショップも観察も「手法であって、道具でしかない。それを使う感受性が問題」。手法は教えられるが、感受性は教えられない。逆に手法を明示しなくても、自分の中にプロセスを持ち、言葉にすることなく自分なりの手順で発想できる人はいる。

振り返ると深澤氏も「観察に必要なのは、アタマではない。全身に繊毛が生えていて、全身をセンサーにするような感じ」と言っていた。それは共に仕事をしていたときの実感とも一致する、と佐々木氏。生活現場を観察しても、深澤氏はそのつど気づきを言語化して表に出すことはなく、自分の中でデザインした上で、デザインを説明するときに初めて、観察で得たものの話をする。「センサー」つまり感受性が鋭く働いていれば、プロセスを明示的に踏まなくてもよいことの好例だ。

手法の効果と限界

佐々木氏はこうした経験から、手法としての「デザイン思考」(またはこれに類する手順)は、優れたデザインのために必要不可欠でもなければ万能でもない、と述べた。

明示的な手法のステップを通した方がよい場合もたしかにある。大きな組織で全体の感受性を高める上では、こうした明示的なプロセスが力を発揮する。多くのステイクホルダーが関わることで、アイデアを出すまでのプロセスにみんなが納得し、共感し、モノを具現化するステップがうまくいくこともある。多数の人が参加するプロジェクトでは、言ってみれば「感受性を互いにつなぎ合わせていく」ことが必要だ。そんな場合にこうした手法は、目的意識と考え方を感覚的に共有することを助けてくれる。

一方、「手法」という言葉が誤解を招きがちだが、それはどんな場合にも同じ結果を保証するものでも、ましてや成功を保証するものでもない。佐々木氏はときにクライアントに接していて「一度経験したから、あとは自分たちで応用できる」とか、「一度やってうまくいかなかったから、デザイン思考(あるいは経験デザイン)はダメ」といった反応に出会うことがあるが、いずれも間違いではないか、と言う。

何度も繰り返しプロセスをたどり、感受性を共有していく中で、自分のセンサーの使い方が上達する。「道具は自分なりに使いこなせるようになって、初めてよい成果が得られる」ということだ。

またデザインという営みにおいては、明示化された手法がそもそも、より複雑で融通無碍な、感受性を使ったプロセスを「言葉によって可能な形でなぞった」ものにすぎない、という面もありそうだ。

日々の仕事の現場からわき起こった疑問を率直に共有した発表は、まさにひとつの先端からの問題提起となった。

フレームを越えて行き来する思考

佐々木氏の提示した「明示的な手法の限界」という問題に対して、個々の手法を超えていくやり方を示したのが3人目のスピーカー、takram design engineeringの渡邊氏。デザインとエンジニアリングにまたがる立場から、イノベーションの専門家として、手法を超えたイノベーションの生み出し方について語った。

冒頭、渡邊氏の話は、4人のパイオニアの紹介から始まった。文人でキュレーターだった岡倉天心、作家で飛行機乗りのサン・テグジュペリ、詩人で彫刻家の高村光太郎、そして宇宙物理学者で小説家のアラン・ライトマン。いずれも複数のプロフェッションを持つ人々だ。渡邊氏は彼らを「波打ち際の人々」、または振り子にたとえた。複数の分野を行き来することで豊かな、イノベーティブな思考を生み出すという観点から注目していると言う。

takramの仕事も多岐にわたる。コンセプトカーのUI、赤ちゃんのためのホールボディカウンター、通信会社のサービスデザイン、ノートブックデバイスなどのプロジェクトが紹介された。渡邊氏はこうした仕事を「クリエイションの形を借りたビジネスコンサルティング」と説明した。

内容によって最適なメディアは変わる。その「メディア」にはモノもサービスも含まれるので、自然とアウトプットは決まっておらず、渡邊氏いわく「人工衛星から和菓子まで」多岐にわたる。朝、昼、夜に必要な栄養素を入れた「未来の和菓子」や、アプリやイベントとつながった一連のコンテンツを展開するテレビ番組などは、従来のメディアの枠組みを拡張し、関連のなかったものとつなぎあわせている。

また渡邊氏はモノと人間の関わり方の歴史を振り返り、現在は「ハードウェア、エレクトロニクス、ソフトウェア、ネットワーク、サービスのすべての分野を横断する強みが求められている時代」だと語った。かつてハードウェアだけ、あるいはハードウェアとエレクトロニクスの組み合わせで勝負できた時代は、(80年代の日本メーカーのように)他の領域にうとくても力を発揮できた。しかし今は領域を限ってしまうと力を出せない、と言う。

渡邊氏もやはり「デザイン思考という言葉は使わないが」と前置きしつつ、「別の領域の考え方を柔軟に取り入れたり、領域を横断するメタ視点で俯瞰することが大事」だと述べた。

「行き来しながら」考えるためのプロセス

続いて渡邊氏は、彼らが仕事に使うアプローチとして、3つの手法を紹介した。ひとつがプロトタイピング。プロトタイプと言ってもいろいろあり、改善のためのプロトタイプ、人に伝えるために形にするプロトタイプの他に「手を動かすことで考える(build to think)」プロトタイプが大事だと言う。

もうひとつは「ストーリーウィービング」。「ものづくり」と「ものがたり」をつなぎ、モノを提案するときに「なぜそれがいいのか」の説明、文脈を提示することだ。それはいわば「モノと、それを評価するモノサシ」をセットで提供すること、と渡邊氏。時には動かせないモノが先にあって、それをあとづけで説明しなければならないこともある。そんなときも、具象(もの)と抽象(ものがたり)を行き来して編み上げる「ストーリーウィービング」が有効だ。

takramでは、言ってみれば手法を日々、「作ってはこわしている」と言う。ワークショップでも、参加者にtakramの手法を使ってもらうだけでなく、新しく自分の手法を作らせることもある。

自分たちの取り組みにおいて、できるだけ柔軟であろうとする姿勢を別の形で示しているのが3つ目の手法だ。プロジェクトのテーマをみんなが理解しているつもりで、それぞれ同じ言葉に異なる理解をあてはめている──異なる背景のメンバーが集まったプロジェクトではよくある事態だ。これに対して彼らは、これからデザインしようとしているモノをできるだけ多面的に、多くの異なる文脈から語るよう試みる。「タンジェントスカルプチュア」と呼ぶ手法だ。ひとつのものごとにもいろいろなタッチポイントがあり、いろいろな場面、使い方、ユーザーがある。それをできるだけたくさん列挙するゲームだ。一見当然と思っていることも言葉にすることで、そこに想定していなかった面があることに一人一人が気づく。

リアルタイムの記録によって増幅される思考

さまざまな思考実験の実践の場として彼らが最近力を入れているのが、Axis、IDEOとの共催で実施している連続ワークショップ「コレクティブ・ダイアログ」。ここではデザイン思考的な手法を使いながら、実際にそれをどう社会に適用していくかを考える。コミュニティ、ゴミ、公園といった身近な社会的トピックをテーマに、集まった参加者とともに考える。

特徴的なのが、実施と同時並行で行われる記録制作とコンテンツの整理だ。議論と並行して専門家による「グラフィックレコーディング」を行い、思考を図解していく。「リアルタイムビデオ」は終了時には編集が済んでいる。参加者は最後に出たアイデアだけを持ち帰るのではなく、そこで得た体験を持ち帰ることができる。これによってワークショップから得るものが増え、記憶の定着がよくなる。

スポンサー企業を得てこれまで3回連続で開催しているが、主催者側はほとんど手弁当だと言う。そこまでして続ける背景には、日本のクリエイティブ・カルチャーを向上させたい思いがある、と渡邊氏。一人でもこうした経験のある人を増やすことで、長期的には硬い組織をやわらかくする上でも効いてくるはず、と信じている。

「前提」を問い直し、「手法」をこわしつづける

こうした話題を通して、渡邊氏は佐々木氏が指摘したものと似た構図を提示した。さまざまな取り組みを行う上で「手法」と「態度」があるが、手法よりも態度の方が重要ではないか、という考えだ。

関連してもうひとつ渡邊氏が紹介したのは、あるアート展のためにtakramが作ったプロトタイプだ。テーマは「未来の水筒」。水筒と言われてボトルをいくら考えても、面白いものにはならない。そこで彼らは、荒廃した未来の地球で人間が生き残るための、身体化した水筒としての人工臓器を提案した。乾燥地帯に生きる動物たちがもつ身体のしくみを「翻訳」し、人間の身体にあてはめたものだ。

これは「問題の置き換え」であり、投げかけられた問いを問い直すことから生まれた提案だ。ビジネスの中の実務でもよくあることだが、答の質は決して問いの質を超えられない。問いの質が答の質の上限になる。だから常に「問いそのもの」を問い直し、書き換えることに時間をかける、と渡邊氏は言う。

この「前提を問い直す」やり方を、彼らは手法に対してもあてはめる。「手法を作ってもそれに縛られないこと、手法を次々にこわすことが必要」と渡邊氏。自らの過去の手法から脱皮し続けるということだ。

メソッド=手法と、アティテュード=態度を、常に行き来する、それが「振り子」の本質だ、と渡邊氏は語った。

振り子は「とらわれないための手法であり、アティテュード」。ワークショップの実施方法でも、「グループ構成」「思考形式」「運用形式」の3つのフレームにそれぞれいくつもの選択肢をもうけ、テーマや目的によって選んだり、組み替えたりして、常に新しい組み合わせを作り、さらに最適な選択肢がなければ新しく考えると言う。ワークショップという形式すら捨ててもよい。手法にとらわれない、そのためにも態度を大事にする必要がある。

座談会:デザイン思考/デザインの思考に託す思い

それぞれに豊富な話題を受けてのディスカッションは、限られた時間の中で3者に問いかけ、議論のほんの入り口を示すものとなった。モデレーターの山崎氏が、今回のテーマでもある「デザイン(思考)への思い、期待」という視点からひとことずつ、と投げかけて口火を切った。

富士通デザインの上田氏は、クライアントとのやりとりの中でデザイナーの役割が「さまざまな立場の人をつなぐハブになりつつあると実感する」と述べた。デザイナーのいろいろな能力──視覚化する力、個別の専門性を超えて全体をマクロで見る力、観察能力など──が、利害関係の異なる人々をつなぐハブとして機能している。ハブとしてのデザイナーが、さらに能力を拡大していくために、今日の議論は役に立つ、と述べた。

渡邊氏は、ものをつくるときに「いける!」と思う瞬間がある、と言う。佐々木氏の見せた「野球版」の事例を振り返り、あれはコインを投げる側と受け取る側との間に距離があることがポイントなのではないか、と指摘。「ホームレスの人に近寄らないで済む方が、コインを投げやすい」という見えないハードルに、ホームレス氏は気づいたのではないか。そうした「インビジブル・ペイン」に気付く瞬間こそが、ものをつくる上での決定的瞬間なのではないか、と。

一方、渡邊氏の発表にあった「与えられた問いが絶対だと思わない方がよい」という言葉に、佐々木氏は「日々思っていることと一致する」。手法にしても課題にしても、前提部分が固定されればされるほど「つまらなくなる」。仕事をしていて「これじゃない」と思う。そのときには壊す勇気もいるし「どうして壊す必要があるのか」をきちんと相手に伝えることも必要だ。そのため、デザイナーに求められる表現能力の幅が広がり複雑化している、と感想を吐露した。

これを受けて山崎氏も、デザインやデザイン思考への期待が高まっているのは我々としても嬉しいことだが、その分デザイナーから見ると、従来自分たちの役割と考えてきたこととのギャップもある、と指摘。デザインに関わる人たちは、これからどんな能力を持ち、何を伸ばしていけばよいのか?

これに対する上田氏の答は明快だった。「これからのデザイン組織は、今までのデザイン組織にいる人たちだけでは発展していけない。もっと多様な人を入れる必要がある。特にインハウスデザインは、これまで同じ指向性の人が集まる傾向があったので、これを意識すべき」。

それはひとつの「前提を壊す」ことでもある。多様な方向性を持つ人がデザインに入ってくることで、デザインの舞台が変わる。そのためにも、今までひとつの専門性として閉じていた「デザイン」に、複眼的な見方のできる人が入ってくることが大事だ、と述べた。

「いちばんいいのは、自分なりの手法を日々作り続けることだ」とは渡邊氏。それも、めくらめっぽうに手法をつくるのではなく「守・破・離」のステップを踏んだ方がよい、とも。最初から独自の手法を作ろうとするよりも、初めはお手本を「守って」習うことから始まる、ということだ。

手法やツールは最低限のアウトプットを保証するものでしかない。しかもあらゆる手法は、極端に言えばその手法を発明した本人にしか使いこなせない。手法にもそれが発明された文脈があり、その文脈を知ることが重要だ、と渡邊氏。

手法を作るための手法、言ってみれば「メタ手法」もある。そのひとつのやり方が、他人のアイデアに出会ったとき、どのような方法で発想したかを逆にたどる、思考のリバースエンジニアリングとでも言うべき方法だ。「発想をなぞる」という意味で、渡邊氏はこれを「スパーク・シャドウイング」と呼ぶ。相手に「こういう手順で発想したんじゃない?」と聞いて、正解が違っていれば、自分の考えた手順はそのままオリジナルの発想法になる。限りなく手法を増やせるひとつのやり方だ。

 

ここで発想のやり方という、デザイナーの職能の根幹ともいえる話題が出たのに対して上田氏から質問が飛んだ。

よくデザインしている中で、発想の「ジャンプ」ということをデザイナーは言うが、暗黙知の「ジャンプ」も手法化できるのだろうか? 今の組織はうまくジャンプできる人を探すことで、デザインをよくしようとしていると感じる、と言う上田氏からすれば、切実な問いだ。

渡邊氏は「ちょっとしたジャンプならできるだろうが、ゴールを決めるような決定的なジャンプは、結局その人次第、だと答えた。「守・破」をやった人が、自分なりの「離」を生み出せるかどうかだ、と。

 

一方佐々木氏は、「デザイン思考という言葉が危険」と指摘した。「思考」と言うと「アタマ」の中ですべてが処理されるようにイメージするが、実際の仕事では体験と感覚が大きな力を発揮する。現場を見、感受性を総動員して感じ取り、手を動かして、場数を踏まなくては得られないものがある。

「デザイン思考」という言葉には自己啓発的な響きがある。話を聞いただけで自分も「デキる」気分になるように、他人のプロジェクト事例を聞いてわかった気になっても、実際に自分でやるのは別問題。本を読んだり、論文を書くだけでは得られないものがある。失敗してもいいから、頭だけで考えずに手を動かして、自分でやってみることが大事だ、と締めくくった。

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■執筆者
井原恵子

●日程:2014年12月19日(金)18:00開場 18:30〜20:30

●会場:東京ミッドタウン・デザインハブ(六本木)

    港区赤坂9-7-1 ミッドタウン・タワー5Fリエゾンセンター

    http://www.designhub.jp/access/

●主催:(公社)日本インダストリアルデザイナー協会 ビジョン委員会

●協力:(公財)日本デザイン振興会(予定)/日本デザイン学会プロダクトデザイン研究部会

 

●プログラム
講演1「富士通におけるデザイン思考の実践事例と探訪」
上田義弘(富士通デザイン代表取締役社長)

講演2「観察とデザイン思考へのオモイ」
佐々木千穂(インフィールドデザイン代表)

講演3「イノベーションデザインのためのデザイン思考の活用とオモイ(仮)」
渡邊康太郎( takram design engineering、ディレクター)


モデレータ: 山崎和彦(千葉工業大学デザイン科学科教授、JIDA理事)


■講師プロフィール

●上田義弘(うえだ よしひろ)     
富士通デザイン株式会社代表取締役社長。

1980年富士通株式会社入社。以来、一貫して商品、サービスのデザイン開発やユーザーインタフェースの研究・開発に従事。また、人間中心視点 から次世代に向けたICTビジョンを描く活動も実践。最近ではデザインの経験を後進に伝えたく、千葉大学、九州大学などで非常勤講師も行っている。日本人 間工学会アーゴデザイン部会長。

 

 

●佐々木千穂(ささき ちほ)     
インフィールドデザイン代表。

2004年の創業以来、ヒューマンファクターの専門家として国内外の多くのデザインプロジェクトを手がける。創業に先立ち、アメリカパロアルト に本拠を置くデザインコンサルティング会社IDEOの東京オフィスに5年間在籍、ヒューマンファクターおよびインタラクションデザインの専門家として主に 医療、情報通信、パッケージフードの領域で世界規模のプロジェクトに携わる。
2005年より経済産業省グッドデザイン賞審査員。株式会社GKグラ フィックス、イリノイ工科大学 Institute of DesignにてMaster of Design取得(human-centered communications design専攻)、愛知県立芸術大学。

 

●渡邊康太郎(わたなべ こうたろう)     
takram design engineering ディレクター。

慶應大学SFC卒業。著書に「ストーリー・ウィーヴィング」(ダイヤモンド社)。
在学中のベンチャー起業等を経て2007 年よりtakram 参加。最新デジタル機器のUI設計から、国内外の美術館等で展示するインタラクティブ・インスタレーション制作まで幅広く手がける。多くのプロジェクトを 元に体系化した「ものづくりとものがたりの両立」という独自の理論をテーマに、企業のインハウスデザイナー・エンジニア・プランナーらを対象とするレク チャーシリーズやワークショップを多数実施。 香港デザインセンターIDK 客員講師。独red dot award 2009 など受賞多数。

 

更新日:2015.02.24 (火)