第一回JIDAフォーラム「インダストリアルデザインのプロフェッショナリズム」
「世代と時代~デザインの神髄はどこに宿る」
レポート:TD編集部 出雲井 亨

2018年2月、東京ミッドタウンのDesign HUBで興味深いイベントが開催された。その名も「インダストリアルデザインのプロフェッショナリズム」。第一線で活躍するプロフェッショナルデザイナーによる討議を通してデザイナーの根底にあるものを探る企画だ。7月に第2回開催を控えるこのイベント。3世代のカーデザイナーが集まった初回の様子を振り返る。
「世代」によってデザイン哲学に違いは生まれるのか?
デザインの「役割」や「守備範囲」は時代とともに拡張し、これから先も変化し続けていくだろう。手法もツールも多様化している。では、デザイナーたちのデザイン哲学は変わったのだろうか?
そんな問いについて考えるイベントが2018年2月16日(金)、公益社団法人日本インダストリアルデザイナー協会(JIDA)のビジョン委員会によって開催された。企画は同委員会の山田晃三(やまだ・こうぞう)氏。全6回のシリーズを予定しており、この回はその第1回目だった。
タイトルは「世代と時代〜デザインの神髄はどこに宿る?」。
60代、40代、20代と世代の違う3名のカーデザイナーが集い、それぞれのデザインのこだわりを語るという。
60代からはトヨタ自動車で初代カムリ/ビスタや6代目カローラをデザインするなどの功績を残したJIDA副理事長の御園秀一(みその・ひでいち)氏、40代は同じくトヨタ出身で現在は自らの事務所znug design代表である根津孝太(ねず・こうた)氏(根津氏は過去にTDでインタビューしている)、20代からは日産自動車のデザイナーとして現役バリバリで活躍する杉松献理(すぎまつ・けんすけ)氏が参加。
そして、元日本デザイン振興会で現在は芝浦工業大学助教の蘆澤雄亮(あしざわ・ゆうすけ)氏が進行を務めた。
今回のイベントの背景について、公式プログラムにはこう書かれていた。
インダストリアルデザイナーという職業が誕生して100年が経とうとしている。この間、デザインの定義は時代の変容とともに大きく変わり、デザイナーの役割も多様なものとなってきた。
しかしデザイナーのその根底にあるもの「デザインの神髄」は、なんら変わるものではないのではないか。プロのデザイナーは、日々何を見つめ、何を考え、何と闘っているのか —–。
このシリーズは、変わることのないデザイナーの「プロフェッショナリズム」を連続で考察する。
冒頭で触れたとおり、世代を超えてデザイナーに共通する視点やこだわりはあるのか、というのが今回のイベントの問いだ。
良いデザインは当たり前。
自分なりの「社内で意見を通す方法」を見出せなければ実現できない
ディスカッションは、3名のデザイナーのプレゼンテーションからはじまった。
トップバッターは60代の御園秀一氏。
空前の大ヒットとなった6代目カローラやガルウイングドアを採用したセラなど、トヨタ自動車で数多くのデザインを手がけてきた。御園氏はトヨタでの自分の仕事を振り返りながら、デザイナーとしてやりたい事を実現するためのポイントを3つ紹介した。

一つ目は、開発初期段階の話。
御園氏は自分の思いを徹底してビジュアル化し、目標を明確化して共有することを心がけた。例えば初代カムリ/ビスタのデザインでは、フォームボードを用いて実物大のモデルを制作。空間効率の良さをアピールしたという。

二つ目は、開発段階での話。
この段階ではエンジニアにデザインの意図を伝える必要がある。だがデザインは、しばしば設計の都合で変更されてしまうことがある。
そこで御園氏はわざとエンジニアの領域に踏み込み、あえて具体的な設計まで提案。エンジニアのプライドを刺激することで自分が描いたデザインを実現していった。
例として挙げられたのはセラ。サイドからルーフまで続く一体ガラスを採用するために、ガルウイングドアを提案。5分の1モデルをフォームボードで制作した。それを見たチーフエンジニアがこのアイデアにほれ込み、最終的に量産車にも採用された。

そして3つ目のポイントは、商品化を決定するプレゼンテーションについての話。
御園氏は「あの手この手で相手(決定権を持つ重役たち)を『幻惑』し、理屈で反論されないようにした」と語った。
例えば1983年の東京モーターショーで発表したコンセプトカーのTAC3のプレゼンテーションでは、フォームボードで作ったモデルにプロジェクターで映像を投影。さらにターンテーブルにのせた座席を回転させ、まるで遊園地のアトラクションのようなしかけを作った。

ここには掲載できない内部資料や裏話もたくさん飛び出した御園氏の話。
自分のやりたいデザインを実現するために、デザインそのものだけでなく、社内コミュニケーションにまで全力投球する熱量が印象的だった。
続いてプレゼンテーションを行ったのは、トヨタ自動車で愛・地球博『i-unit』コンセプト開発リーダーなどを務め、2005年に独立後は自動車だけでなく電動バイク、水筒、ミニ四駆など幅広い分野で活躍する根津孝太氏。

根津氏の「コミュニケーション論」はTDのインタビュー『根津孝太さん、「良いデザイン」って何ですか?』を是非。
めちゃくちゃ詳しく語ってくださっている。
根津氏は「ワクワクしないモノ作りは犯罪」という。そんな根津氏のモノ作りにおいて大切なのも、やはりコミュニケーションだ。
モノ作りでは、まず自分がワクワクすることが大切。次にそのワクワクをチームで共有する。そして最終的にワクワクをお客様と共有する。
中でも根津氏らしいモノ作りのひとつが、独立後に手がけた電動バイク「zecOO」。
このバイクは根津氏が構想し、二輪のカスタムショップとして有名な「オートスタッフ末広」とともに作り上げた。
「とにかくカッコいいバイクを作りたい」という根津氏の純粋な想いが原動力となり、スケッチからそのまま飛び出してきたようなバイクが実現した。

電動バイク「zecOO」。
未来的なデザインで国内だけでなく海外でも話題を集め、あのドバイ警察からも引き合いが来たというほど。
限定49台、888万円で販売中。
根津氏はスケッチを描き、3Dモデルから図面を起こしてチームのメンバーと共有。
「共有しているのは図面ではなく、理想像」という。スケッチを描くのも図面を引くのも、理想の姿を伝えるため。チームで「こんなものを作りたい」という理想像が共有できれば、時としてデザイナーの想像を超えたモノができあがる。

初期のスケッチ。全体のフォルムや片持ちサスペンションなど、完成形にかなり近い。
当初のデザインに忠実に製品化されたことが分かる。
実際、zecOOでもそういうことがあったという。
根津氏が完成したプロトタイプを見ると、スタッドボルトの「頭」がすべて面取りしてあった。これはとても手間がかかる作業で、時間がないと判断した根津氏はそこまで指示していなかった。
だが制作スタッフが「zecOOならここは面取りされているべきだ」と考え、自主的に作業していたのだという。これがチームを巻き込んでワクワクを共有する根津流のモノ作りだ。
プレゼンテーションのトリを務めたのは20代の杉松献理氏。
杉松氏もコミュニケーションの話題となった。自分のデザインを商品化するためには、各ステップで決裁者のOKを得ることが必要だ。そこで認めてもらうためには、そのデザインの良さを伝える必要がある。日々コミュニケーションの問題に直面している様子が見て取れた。

20代代表ということで、まだまだこれからが楽しみなデザイナーの一人。
日産のインハウスデザイナーという立場上、杉松氏はあまり具体的な話ができない。
数年後に世の中に出るプロダクトに携わっているのだから、当然だ。
……ただ、すごく教科書的にまとまったプレゼンだった。もう少し突っ込んだ話や、20代デザイナーならではのリアルな意見、勢いのある意見が欲しかったというのが正直なところだ。
金にならないものはアート!
続いて、会場からの質問を交えたパネルディスカッションとなった。
「売れるデザインが必ずしも良いデザインとは限らない。このことについてどう思うか」、との質問が出た。
御園氏は「デザインはビジネスだと思っている。金にならないものは、アート」だという。例えば御園氏がデザインした6代目カローラはコンサバな外観に豪華な内装を施し、30万8000台を売る大ヒットとなった。だがデザイナーとしては、自分を押し殺して作った面があったという。
根津氏も「悔しいけど、そこに案配は必要」と語った。全面否定することはせず、一緒に落としどころを考えていく。「これを実現したい」というビジョンは大切だが、自分の理想だけでなくマーケティング側の意見などを取り入れることも必要で、そこを上手くまとめ上げて「売れる商品」を作り上げることもデザイナーの大切な仕事の一つだという意見だった。
他にもここには書ききれないが、続々と飛び出すオフレコエピソードなどに会場は大盛り上がり。業界の酸いも甘いも嚙み分けて来たデザイナーたちの「飾らない本音」が参加者たちの心を掴んだ。
黙っていても誰も助けてはくれない。
自分のデザインを世に出すために、デザイナーは今日もたたかう!
進行の蘆澤氏は、最後に過去の偉大なデザイナーたちの「デザインにまつわる言葉」を紹介。その本意は語られなかったが、おそらく「デザインとはデザイナーだけで完結するものではなく、周囲とのコミュニケーションによって完成するのだ」というメッセージだったように思う。
デザイナーはデザインを通じて時代そのものと対決せねばならない——田中一光
デザイナーとは生活風景をととのえる藝術家である——勝見勝
デザインはいつも人間とともにある。人間を置き去りにしたデザインはあり得ない——小池岩太郎
デザインにおいて「見える」ということを考えることは大事で、「見せる」ことばかり考えてはいけない——福田繁雄

なんでこの人たちの名言が締めに来たのか、ちょっと忘れちゃったのでまた聞きに行きたい。
60代、40代、20代と各世代のカーデザイナーが集まった今回のイベント。
「ジジイのデザインは古いんだよ!」「なんだと若造!」「まぁまぁ」みたいになったらどうしようとハラハラしていた僕の期待は良い意味で裏切られ、実際はとても大人なイベントだった。
「世代と時代〜デザインの神髄はどこに宿る?」というテーマを見たときは「よいデザインを創るためのこだわり」の話になるのかと予想したが、フタを開けてみれば「よいデザインを世に出すためのこだわり」の話に多くの時間が使われた印象だ。
共通していたのは、アイデアを実現するために自分自身があらゆる手を尽くしていること。そのために必要なこととして、3人ともコミュニケーションについて話していたことが驚きだった。「良いモノを作りさえすれば周囲は分かってくれる」という態度を取るのではなく、熱意を持って周囲にそのデザインへの思いを伝えている。
それだけ、デザイナーが自分のデザインを貫くためにはいくつもの壁があるのだろう。
活躍し続けるデザイナーたちは、高度なデザインスキルは大前提として「その先」を大切にしている。
彼らが生み出すデザインそのものが優れているのはもちろん、モノ作りに周囲を巻き込むコミュニケーションの部分で人一倍努力し「自分のデザインを実現できる環境」を自らつくりあげているのだ。
なんだか皮肉な話だが、そこにこそデザインの神髄があるのかもしれない、と感じたイベントだった。
2月に開催された当イベント。レポート掲載が遅くなってしまったのだが、なんと早くも次回開催のニュースが飛び込んで来たので、慌てて公開した。
次回は7月27日(金)18時より、東京ミッドタウン Design HUBにて開催。個人的に業界や世代横断型でデザインについて考える企画はすごく興味深かったので、今後にも期待したい。
しかし、今回に限らずTDでインタビューしたデザイナーの方々は「デザインをする上で重要なのはコミュニケーションだ」と口を揃える。コミュニケーションはプロのデザイナーたちにとっておそらくデザインの入り口であり、出口であり、最大の課題なのだろう。
それ以外の部分……スキルアップや最後の仕上げ、デザインセンスを磨くための取り組みなど、彼らが「プロとして当たり前のようにやっているけれど、素人にはわからないこと」にも今後フォーカスしていけるといいな。
●日程:2018年 2月16日(金)
●会場:東京ミッドタウン・デザインハブ(六本木)
港区赤坂9-7-1 ミッドタウン・タワー5Fリエゾンセンター
http://www.designhub.jp/access/
●主催:(公社)日本インダストリアルデザイナー協会 ビジョン委員会
●協力:(公財)日本デザイン振興会
●プログラム
トークセッション「デザイン思考とデザイナーの思考」
40代●根津孝太(ねずこうた) znug design 代表
20代●杉松献理(すぎまつけんすけ)日産自動車デザイナー
■講師プロフィール
●御園 秀一 (みそのひでいち) JIDA副理事長。
元トヨタ自動車デザイナー。
1947年生まれ。
トヨタ自動車株式会社デザイン部入社。
カリフォルニアのデザイン拠点Calty Design Research Inc.執行副社長。
帰国後レクサスブランドをはじめとする高級車ラインのデザインを担当。
デザイン本部副本部長としてトヨタデザイン全般を統括し、トヨタデザインのフィロソフィを牽引する。
千葉大学客員教授、日本デザイン振興会理事等を歴任
●根津 孝太 (ねづこうた) znug design 代表。
元トヨタ自動車デザイナー。1969年生まれ。
千葉大学工学部卒業後トヨタ自動車入社。 「i-unit」のコンセプト開発リーダーなどを務める。
2005年、有限会社znug design設立、 多くのコンセプト企画、ものづくり企業の活動を支援する。
電動バイク「zecOO」布製小型モビリティ「rimOnO」などのプロジェクトを推進する一方、トヨタ自動車やダイハツ工業のコンセプトカーなどを手がける
●杉松 献理 (すぎまつけんすけ) 日産自動車デザイナー。1990年生まれ。
2008年千葉大学工学部デザイン学科入学。 2012年卒業。
2014年同大学大学院工学研究科デザイン科学専攻修了後、日産自動車株式会社入社。 現在グローバルデザイン本部にて、NISSANブランド車種のエクステリアデザインを担当。
●蘆澤 雄亮 (あしざわゆうすけ) 芝浦工業大学。
元日本デザイン振興会。
1979年生まれ。
千葉大学工学部デザイン工学科、修士・博士課程を経て、博士号を取得。
2013年より公益財団法人日本デザイン振興会にてGマーク事業推進ほかインターナショナル・リエゾンセンター担当として産学連携を コーディネイト。
2017年より芝浦工業大学助教。 「職人の勘といった暗黙知を型式知化する」ことをテーマにプロダクトデザインを指導。
記事執筆:TD編集部 出雲井 亨 ライター・編集者。1976年生まれ。
日経BP社で記者としてビジネス誌やコンピューター誌編集部に所属し、2002年に独立。2007年東京半島株式会社設立。メディアの立ち上げやコンテンツの企画・制作を手がける。2017年よりデザインとモビリティのWebマガジン「TD」インタビューやレポート記事を執筆。
この記事はWebマガジン「TD」の記事より転載いたしました。
元記事:周囲を巻き込まなければ「自分のモノ作り」はできない。JIDAイベント、60×40×20!